2021年4月28日
気仙沼をみんなから選ばれる町へ!! ~実習生思いの社長が描く、多文化交流による地域発展~
宮城県気仙沼市。大島を望む中心街から少し奥まった山間に向かって15分ほど車を走らせると、菅原工業の社屋がみえる。創業から50年、地元気仙沼を中心に、宮城県・岩手県の道路舗装・水道管施工を手掛けてきた。アイム・ジャパン広報誌「With IM」では、技能実習生のためにモスクとインドネシア料理店を自ら開設した同社の取り組みを紹介した。今回は、同社の菅原渉社長に、広報誌には掲載できなかった、多文化共生社会に向けた取り組みを中心にお話を伺いました。
技能実習生とのつながりが、現在(いま)だけでなく未来の気仙沼のためになる
御社は、海外事業部を設立され、CSRの一環として幣機構から技能実習生を受け入れていらっしゃいますが、そもそも技能実習生の受け入れを決めた経緯はございますか。
東日本大震災が発生する前は、従業員4名程度の小さな会社でしたので、震災後のがれき撤去など、東北の復興に向けた仕事が増える中、人手不足に悩んでいました。しかしながら、復興の担い手となる若者の働き手がなかなか見つからず、そもそも復興が果たされると、そのうち地元に仕事がなくなってしまうのではないかとの危機感から、どうしたらいいものかと思い悩んでいました。
気仙沼は、もともと漁業・水産業で技能実習生を受け入れていた歴史があります。そこで、技能実習生の受け入れを検討し始めました。彼らに舗装技術を身につけてもらって弊社の仕事に習熟してもらう、そして気仙沼を好きになってもらう。そうすることで、彼らの国とつながりができ、現在だけでなく10年、20年後を見据え私共の業務も拡大できると思ったのがきっかけです。
CSRでは、具体的にどういったことをなされているのですか?
インドネシアは、道路環境に課題を抱えている国の1つです。アスファルトを輸入に依存しており、道路の舗装技術も高いとは言えません。また、インドネシア国交省の方から「環境によいことをしたい」とお声がけ頂いたこともあり、リサイクル・アスファルトを作ることにしました。
リサイクル・アスファルトとはどういったものですか?
普通のアスファルトと違って、道路を削った際にでるアスファルト廃材を粉砕し粒形を整えた後、新しいアスファルトに混ぜて再利用するものです。廃材を再利用しますから、その分は自国で賄えますし、自然環境にもよいです。2019年9月には、インドネシア全土における、リサイクル・アスファルトの利用許可を頂きました。現在、1機目のプラントが稼働中で、今年の10月には2機目も稼働を予定しています。
インドネシアに戻った社員が全員退職。失敗から学んだ文化交流の重要性
インドネシアの現地法人では、元技能実習生も働かれているのでしょうか?
もともとは、帰国した技能実習生5名を雇用していましたが、現在は全員辞めてしまいました。一人ひとりに気を配っていたと思いましたが、家族と離れて単身赴任することが辛かったようです。その後は、なるべく現地法人周辺の地域出身の技能実習生を受け入れようとしています。苦い経験をしたこともあって、彼らの心をより深く知るためにも文化的な交流が大切だと思うに至りました。特に、福利厚生といった、技能実習生の生活・心のケアをより一層充実させる必要があると思い、2019年7月にモスクとインドネシア料理店を設立しました。
その後のモスクとインドネシア料理店の様子はいかがでしょうか?
正直、飲食店の経営はコロナの影響もあってなかなか厳しいですが、今後、気仙沼とインドネシアの文化交流のハブとなることを期待しています。気仙沼には200名ほどの技能実習生がいますので、彼らがお祈りをし、郷土の料理を食する場が必要です。彼らが気仙沼を好きになってくれれば、旅行や仕事など何らかの形でまた帰ってきてくれます。そうした人の循環が気仙沼だけでなく両国の発展につながると考えています。
モスクは、気仙沼在住の技能実習生以外にも、気仙沼に寄港する船員のみなさんにも利用して頂いています。特に、毎年6~11月は、高知、三重、宮崎県からのかつお漁船で気仙沼がにぎわいますので、利用者が多いです。インドネシア料理店では、今年の3月末から、東京の日本語教師の方とお店をつないで、日本語の勉強会も開催しています。弊社の技能実習生の日本語習得をこれからもサポートしていきたいです。
日本語のお話がでましたが、技能実習生の日本語の向上は日々感じられますか?
伸び方は人それぞれですが、みんな頑張っていますよ。特に勉強会に参加してくれる子は伸びが早い印象です。みんな、お祭りなど地元のイベントに積極的に参加して、住民とコミュニケーションをとっています。そうしたこともあってか、気仙沼市の学生さんが、総合学習の一環として、インドネシア人の技能実習生が快適に生活するには何が必要かなどと、弊社にまでインタビューしに来てくれたりと、地域で彼らを気にかける人が着実に増えているように感じます。
彼らにはそうした人のぬくもりを感じてもらい、気仙沼に来てよかったと思ってもらいたいです。そうすれば、何らかの形で将来も気仙沼と関わってくれます。
帰国後いつでも帰ってこられる場所であり続けたい。インドネシアの技能実習生に寄せる期待
そうして技能実習生のみなさんと深く関わることで、菅原社長ご自身が彼らから学んだことはございますか?
何のために働くのか、働く目的がそれぞれ非常に明確です。家族のため、自分の将来のため、目的は人それぞれですが、二、三十年前の日本人の仕事観に通じるものがあると思います。現在うちで実習中のみんなだと、帰国後はTシャツ屋を開業したいという子もいれば、大学に入りなおして建築士になりたい、という子もいます。日本という外国にきて、建設機械施工という技能を修める。その過程で色々と将来について考えるようですね。帰国して起業といっても、その途中で上手くいかない、挫折することもあるかもしれません。そうした時に、戻ってこられる場所として菅原工業を思い出してほしいですね。
今後、技能実習生に期待していることはございますか?
去年までは、現地法人はアスファルトの製造のみを行っていました。ただ、今年からインドネシアでの舗装作業の許可を頂きましたので、日本で学んだ技能を直接活かして働いてもらえるようになりました。帰国後もうちの現地法人で働いてもらえれば嬉しいです。
最後に御社の今後の抱負をお聞かせいただけますか?
気仙沼の人口減が進む中、弊社だけでなく地域の発展のためにも、技能実習生に限らずUターン・Iターン含めて人が気仙沼に定着してくれるようにすることが必要です。そのために、生産性を向上させ、働きたいと思ってもらえるような環境整備を今後も進めていきます。また、インドネシアとの交流も一層深めて、気仙沼に関係する人、交流する人の数を増やしたい。そうすれば、人口減に限らず地域の様々な課題を解決することができると思います。
あとがき
インタビューの間、菅原社長から終始感じたのは、技能実習生の幸せを願う思いやりの心でした。菅原工業さんの取り組みは、社内に留まらず地域、そして海を越え、インドネシアにまで広がっています。今後も、アイム・ジャパンWebマガジンでは、こうした共生社会の実現に向けた取り組みを紹介していく予定です。次回をお楽しみに!!