「雨だから、今日は休みます」~ある技能実習生さんと雨にまつわるよもやま話~

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「雨だから、今日は休みます」~ある技能実習生さんと雨にまつわるよもやま話~

地元の国際交流協会が主催する日本語教室で出会ったベトナム人のHさん。ホーチミンの大学を卒業後、技能実習生として来日した彼は、素直で真面目、家族思いの冗談好き、という、同世代の日本の若者にはあまりいないタイプ(?)の好青年。勉強熱心なHさんは、他の学習者さんたちのモチベーションを高めてくれるムードメーカーでもありました。

Hさんは日本語学習支援のボランティアにとってはまさに神的な存在。そんな彼が一緒に学習した約1年間でたった一度だけ、クラスを休んだことがありました。「今日は雨だから」、というのがその理由でした。

毎週水曜の夜、汗だくで職場から駆けつける私を、いつもシャワーを浴びたてのさっぱりした姿で待っていてくれたHさん。真相はわからずじまいでしたが、もしかしたらとても綺麗好きだった彼は、雨に濡れるのが嫌だったのかもしれません。


話は変わり、つい最近の出来事。建設業の別の技能実習生さんがつぶやいたひとことが、かつてのHさんのことばに重なります。「日本人は雨の日も働くから偉いです!」

「雨の日に働くのはそんなに偉いことなのだろうか?」
「もしかしたら雨の日に働くのは世界に誇るべき日本の美徳のひとつなのかもしれない!?」

台風でも大雪でも、あらゆる知恵と工夫を総動員し「定時」を目指して出勤する。そんな遺伝子が自然と体内に備わっている私にとって密かな異文化体験の再来です。

多様な価値観を持つ外国人と共に生きていくこれからの日本は、今まで当然だったことがむしろ当たり前ではなくなる世の中。梅雨の後半、雨の最盛期を迎えることもあり、少し調べてみたくなりました。


まずは世界の雨事情について。FAO(Food and Agriculture Organization)による世界の年間降水量・国別ランキングには、10位のインドネシアを筆頭に、11位バングラデシュ、18位フィリピン、41位ベトナム、46位スリランカ、51位タイ、と、アイム・ジャパンの技能実習生の母国も上位に並んでいます。

■世界の年間降水量・国別ランキング(2017年)

出典:FAO(Food and Agriculture Organization) 資料: GLOBAL NOTE

さらに調べてみると、最近では2019年3月に発生したインドネシアの洪水(死者206人)や同年7月のバングラデシュの洪水(死者119人)など、彼らの母国では雨による災害がたびたび発生していることがわかりました。(参考:内閣府『令和2年版防災白書』・附属資料25「平成31年以降に発生した世界の主な自然災害」)

もしかしたら雨で水害が起こることが多い国では、雨の日に外に出ること、ましてや外で働くことは大きな危険を伴うという意識が自然と働くのかもしれません。


世界の年間平均降水量ランキング14位のシンガポール。世界屈指のグローバル都市にして、中国系、マレー系、インド系などの人々が共に暮らす多民族国家です。多文化共生の先達ともいえるこの国の人々にとって、雨を理由に学校や仕事を休むことは「有り」なのでしょうか?
現地に住む友人(マコさん)に尋ねてみました。

マコさんは27年前に日本語教師としてシンガポールに赴任。現在も大学や地域コミュニティで日本語を教える傍ら、日本人駐在員の英語習得支援や翻訳・通訳など、「言葉」を武器にマルチに活躍しています。2004年に中華系シンガポール人と結婚し、自身の経験から得た「異文化の中で生活するヒント」として、多様な価値観の理解に役立つ情報を発信しています。

マコさんによると、シンガポールでは、普段は徒歩で通勤する人が雨の日はバスに乗ったりタクシーを使ったりするため、交通渋滞の影響で遅刻する人が増えるそうです。日本人的な感覚では、大雨の予報を見ると、道が混みそう(電車が遅れそう)だから早めに家を出よう、などと考えますが、彼女いわく、シンガポーリアンにはそのような「律儀さ」はないとのこと。

理由はともあれ、いついかなる場合も時間通りに出勤することは、外国暮らしが長いマコさんの目には、とても日本人らしく映るようでした。


今年の春から日本語教室で一緒に学習することになったベトナム人のTさん。彼女は東京の大学院で学ぶために4年前に来日し、今はコンサルタントとして働いています。学習の合間にTさんにも同じような質問をしたところ、雨だからという理由で仕事や学校を休むことは「全くない」という答えが返ってきました。雨だから休む、というHさんの行動はどうやら彼独自のものだったようです。

世界中が新型コロナウイルスの渦に巻き込まれる直前の2020年1月、Hさんは3年間の技能実習を終え、日本語能力試験のN2合格も手土産に、明るく爽やかにベトナムへ帰って行きました。
思い出したように届くLINEのメッセージ。去年のちょうど今頃に始めた商売は「コロナの影響で厳しくなっています。」雨が嫌いな社長さんが営む会社は、やはり雨の日はお休みなのでしょうか?

太陽が降り注ぐホーチミンで、少したくましくなったHさんと再会できる日を願う今日この頃です。

おまけ
さまざまな研究結果によると、雨音からはα波が出ていて、ストレス軽減やリラックス効果、集中力を高める効果などがあるとのこと。心身が重くなりがちな梅雨の時期。職場に向かう急ぎ足を少しだけ緩めて、雨音に耳を傾けてみるのもよいかもしれません。

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